『幼きころ、大好きだったあの人は』

戦国時代を懸命に生きた男たちの物語

 ホーホケキョ。遠くで、鶯が鳴いた。
 見上げた空が、紅色の息吹を纏ったたくさんの枝葉に縁どられている。雪解け水は小川のせせらぎとなって耳を癒やし、頬を撫でる風はほんのりと温かい。新しい季節が、もうすぐそこまでやってきていた。

 乾いた空気を吸い胸を膨らませると、結わえた髪の先がふわりと揺れた。ふむ……と口先を尖らせ、しばし思案する。頭の中を駆け巡る言の葉をかき集め、生み出される響きを反芻した。

「鶯の鳴きて見つめし春空の、青き思いに心弾みし」

 ホーホケキョ。応えるように、鶯がまた鳴いた。

 褒められたのか、けなされたのか。きっと後者だろうと見繕い、正直な春の使者を讃え、微笑んだ。

「桜天兄上!」

 けたたましい声が城の廊下に響き渡り、桜天丸は微笑を苦笑に変える。聞きなれた足音が自分に近づいてくるのを感じ、眉を僅かに持ち上げた。さらによく耳を澄ませてみれば、それはひとつではない。忙しなく飛び跳ねる歩幅のすぐ後ろを、大股で追いかけるもうひと組の足音。どうやら予想通りの人物がふたり、自分に向かってきているらしい。

「桜天兄上ー?」

「こっちだよ、茜天丸」

 しばし待っていると、曲がり角の向こう側から、ひょっこりと童顔が覗いた。

『幼きころ、大好きだったあの人は』より


 時は戦国。名立たる武士たちが、天下統一という果てしなき夢を抱き、邁進していた群雄割拠の時代。躍動し歴史に名を刻んだ男たちの陰で、懸命に生き、儚い命を散らした者たちがいた――

 戦国時代(風)の日本を舞台にした創作BL短編集です。肥後を舞台にした連作3編と、表題作「幼きころ、大好きだったあの人は」の全4編をまとめました。

●表紙/木樫 ●発行日/2022年9月5日 ●文字数/約22,000 ●299円(読み放題/Unlimited対象)


◆紙の本には書き下ろしの前日譚を収録


●新書サイズ(全68ページ)●300円

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