『愛しき花に、藍のくちづけを(戦国オメガバース)』

戦国時代×オメガバース

 αは〝蝶〟、Ωは〝花〟と呼ばれ、それぞれ男児にのみ発現。屈強な身体に恵まれる蝶は、武家の当主を務め、その蝶の子を産み落とすことが花の男の本懐とされてきました。蝶の男の髪には鮮やかな挿し色が混じり、花の男は、その名の通り、瞳に花のような紋様を持って生まれてくるのが特徴です。

『王道【多】世界オメガバースアンソロジー』(2023年4月・甘恋計画)に収録された表題作のほか、書下ろしのスピンオフ的続編2編をまとめました。


若き城主(α)×幼馴染みの側室Ω

 張り出した縁に立つと、頬を撫でていく風がほんのりと暖かい。たくさんの新しい生命が、芽吹くときを待ちあぐねているのだろう。夜の気配に混じって、時折、濃厚な春の香りが鼻腔をかすめていく。
「秀虎様」
 乳を飲み終えた赤ん坊が、乳母に運ばれてきた。手触りの良い布に包まれすやすやと寝息を立てる赤ん坊を受け取ると、額をしわくちゃにしながら居心地の悪さを訴えてくる。乳母に手伝われながら抱き直すと、ようやく腕の中の重みが増した。
 額を撫でてやると、さらりと流れた前髪の奥で鮮やかな青が見え隠れする。蝶の男子の誕生――諸手を挙げて喜ぶべきはずが、秀虎の心は頑なまでに動かなかった。目鼻立ちが長佐に似ていると思うが、可愛らしいと思う気持ちも、愛おしいと思う気持ちも湧いてこない。
「すけが死んでも、俺はそなたを愛せるだろうか」
 愛さなければ、長佐が悲しむ。わかってはいても、我が子の笑顔の奥に映る消えた花の面影を振り切ることなど、きっとできない。
 何もないと思っていたところに希望が生まれた分、長佐を失ったときの絶望はより深いものになるだろう。そして訪れる深い闇に、己れは打ち勝つことができるのだろうか。

『愛しき花に、藍のくちづけを』より

『愛しき花に、藍のくちづけを』

 若き宇和島城主、藤堂秀虎は、文武両道の才ある蝶(α)。周囲からの期待も大きい。だが一方で、跡継ぎに恵まれず〝種無し猛虎〟と揶揄されてもいた。

 一方、秀虎の花の方(Ωの側室)となった幼馴染みの丹羽長佐は、苦悶する日々を送っていた。秀虎の番となって、早三年。二人は、未だ一度も身体を重ねていない。

 そんなある日、秀虎の正室が身籠ったとの一報が城内を駆け巡る。ひどく傷ついた長佐は、誰もが予想だにしなかった大胆な手段に出るのだった。


日本一の医師(α)×番に離縁されたΩ

 若松を目覚めさせたのは、己れの呼吸音だった。渇いた喉、潰れた頬に、上唇と下唇の継ぎ目から零れた涎。どうやら、またうつ伏せのまま眠ってしまったらしい。
 ああ、そうだった。夜中に呼び出され、花を捌いたら赤子が泣いて、だが、花は散り果てて――昨晩の出来事を順に辿りながら、視界に広がる黄ばんだ布団をぼんやりと見つめる。
 室内に差し込む陽光はまだ心もとないが、そろそろ患者を迎える準備を始めなければならない。そのためには、そう。起き上がらなければ。
「ん……んん?」
 惰眠を貪ろうとする己れの身体を奮い立たせ、若松は布団に腕を突っ張った――はずだった。が、実は、指先ひとつ動かせていなかった。
 頬は片方が潰れたままで、唇もぐにょりと歪んだまま。目玉を動かすと景色が変わるのだから、目は開いているはず。息遣いに集中すると身体が膨らむのを感じるから、呼吸もしっかりとできている。胸に手を当てることは叶わないが、脈打つ首筋が生きていることを教えてくれる。それなのに、
「あっれ……?」

 身体が――動かない。

『碧緑の医師、白き藤香に酔う』より

『碧緑の医師、白き藤香に酔う』

 『愛しき花に……』の10年後。28歳となった吉田若松は、今や、日本中にその名を知らぬ者はおらぬと言わしめるほどの医師になっていた。念願だった診療所を持ち、寝る間を惜しんで数多の命と向き合う日々。だがある朝、若松は突然起き上がれなくなってしまう。

眠りから目覚めた若松が出会ったのは、灰色の瞳を持つ美しい男、白藤。白藤は、番の蝶(α)に離縁され、色を失った、哀れな〝枯花〟だった。

理由もよくわからないまま、心が求めるままに逢瀬を重ねるふたり。そうしていつしか、これまで押し殺してきた思いと向き合っていく。


初心すぎる三男坊(α)×開発済の強気Ω

「まだ寝ちゃだめ」
 傾きかけた身体を無理やり振り向かせると、ぼくは長虎様の股間をぺろんちょと撫で上げた。
「ひ、向日葵!? 何をするかっ」
 何って……
「ナニに決まってるじゃないですか」
 長虎様は、石のように固まってしまった。うーん、ちょっと言い方が下品すぎたかな。でも、ほかの言い方なんてないよね?
 このまま一晩中固まったままでいられたりしたら困るから、ぼくは長虎様に抱きついた。ひっついた胸板から、どくどくと強い鼓動が響いてくる。すりすりと頬を擦りつけると、それはいっそう速くなった。

「ひ、向日葵」

「欲求不満なのです」

「は……?」

「花籠もりしていた五年もの間、夜ごと肛を弄られていたのですよ? それなのに、長虎様が突っ込んで……触れてくださらぬから、尻が疼いてたまりませぬ」

「し、尻が……?」

『向日葵に捧ぐ、天色の誓い』より

『向日葵に捧ぐ、天色の誓い』

 『碧緑の医師……』から、さらに15年余り。藤堂秀虎の三男、光生は、名を長虎と改め、丹羽家の当主となっていた。立派な蝶(α)に成長した長虎は、幼いころに番となることを約束した花(Ω)、向日葵を丹羽家に迎え入れる。

 長年の思いが実り、ともに暮らせる幸せを噛みしめるふたり。だが、見かけによらず初心な長虎は、どれだけ待っても口づけ以上のことをしてくれない。

 いつものように眠りにつこうとしたある夜、長虎は、業を煮やした向日葵に突然股間を撫で上げられ――?


●表紙/三谷玲 ●発行日/2023年12月28日 ●文字数/約73,000 ●799円(読み放題/Unlimited対象)

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