『シャケ茶漬けの誘惑』

スパダリ社長×シャイな清掃員

「やっと会えたね」
 自分の手首を締め上げながら悠然と微笑む男を見上げ、羽衣は咽喉を鳴らした。
「な……だ……」

 なに。

 だれ。

 生まれる問いは唇を動かすが、言葉になる前に空気に溶け込んで消えてしまう。

 ダークグレーのスリーピーススーツを驚くほどスマートに着こなしたその男は、鋭い視線を羽衣の上で固定したまま一歩距離を詰めてきた。歩幅は控えめだったがただならぬ圧を感じ、羽衣は早々に降参してしまいたくなる。

 格上の相手を前に白旗を振り命乞いをするのは、原始時代から人間の脳にプログラムされている防衛本能だ。だから、恥ずかしいことではない。

 なにせ不意を突かれた上に、今の羽衣は丸腰なのだ。唯一の頼みの綱であるスティック型の掃除機は、向こう側の壁に立てかけたままなのだから。

「だめだよ、逃がさない」

 逃走を図った羽衣の身体は、あっさりと捕まえられてしまった。背中から覆いかぶさるようにがっちりとホールドされ、重い両腕が鎖骨の前で交差する。

『シャケ茶漬けの誘惑』より


 オフィスビルの清掃員、石田羽衣は、時計を拾ったことをきっかけに株式会社HORAIの社長、宝来捺彦と出会う。羽衣を見初め、お抱えシェフの特製茶漬けを餌に、あの手この手でアプローチしてくる宝来。自分とは生きる世界が違うから……と羽衣は逃げ回るが、だんだん宝来の笑顔から目が離せなくなっていき――?

 一杯のシャケ茶漬けから始まる……かもしれない身分違いの純愛BLです。書き下ろしの番外編『トマト茶漬けの乱』と後日譚『粕汁の変』のSS二編を同時収録。

●表紙/晶之助 ●編集/三谷玲 ●発行日/2022年9月15日 ●文字数/約51,000 ●599円(読み放題/Unlimited対象)

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