スパダリ社長×シャイな清掃員
「やっと会えたね」
自分の手首を締め上げながら悠然と微笑む男を見上げ、羽衣は咽喉を鳴らした。
「な……だ……」なに。
だれ。
生まれる問いは唇を動かすが、言葉になる前に空気に溶け込んで消えてしまう。
ダークグレーのスリーピーススーツを驚くほどスマートに着こなしたその男は、鋭い視線を羽衣の上で固定したまま一歩距離を詰めてきた。歩幅は控えめだったがただならぬ圧を感じ、羽衣は早々に降参してしまいたくなる。
格上の相手を前に白旗を振り命乞いをするのは、原始時代から人間の脳にプログラムされている防衛本能だ。だから、恥ずかしいことではない。
なにせ不意を突かれた上に、今の羽衣は丸腰なのだ。唯一の頼みの綱であるスティック型の掃除機は、向こう側の壁に立てかけたままなのだから。
「だめだよ、逃がさない」
逃走を図った羽衣の身体は、あっさりと捕まえられてしまった。背中から覆いかぶさるようにがっちりとホールドされ、重い両腕が鎖骨の前で交差する。
『シャケ茶漬けの誘惑』より
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